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最終更新日 2004.02.18
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2002年夏の北海道(函館)旅行
2002年夏・・1年半ぶりに北海道に行って来ました。
・・と言っても函館に20時間ほどしか滞在しませんでしたが。
どんな旅をしてきたのかを徐々に載せていきます。よろしかったら読んでみてください。

また、感想等を聞かせてください。よろしくお願いいたします。

序章・・
今回は「鉄ちゃん」モードで
2002年12月1日・・東北新幹線が八戸まで延長することが決定した。 その一方で特急「はくつる」や「はつかり」、快速「海峡」の廃止が決定した。 快速「海峡」が廃止になると言うことは竜飛海底駅や吉岡海底駅がどうなるか不安であったが、 2002年9月20日発表の新しいダイヤを見る限り一部の「スーパー白鳥」と「白鳥」が停車予定になっている。
そこで駅で目についた「三連休パス」(しかもグリーン車用)と久々に買い求めた「青春18きっぷ」 を使って列車の旅に出ることにした。
・・と言うことで今回は「観光」よりも「列車に乗ること」を優先しているので道内には函館に約20時間いただけです。 今回の旅行記は、快速「海峡」に乗って道内に入り青森まで戻るまでを掲載します。

8月25日(日)
青森出発
行きの列車はまず、快速「海峡5号」である。
青森駅で「青春18きっぷ」に今日の日付を押してもらい乗車する。快速「海峡5号」は50系5000番台の車両である。 今日は夏休み中なので11両も客車をつないでいる。 50系5000番台の車両は青函トンネルが出来た1988年3月13日に青函トンネル専用の車両として出来た車両である。 この車両は2002年12月1日に東北新幹線の盛岡〜八戸間が開通するさい、 快速「海峡」が廃止されるのでそれまでの運転だと思われる。 またひとつ想い出の列車がなくなるのである。
この車両のデッキへの出入口の扉の上には、青函トンネルの中の運行状況が表示されるパネルが設置されている。 列車が1km進むごとに赤いランプが点灯し5km進むごとに入口からの距離と深さを文字で案内するようになっている。
今回、旅に出ようと思ったのは最後にもう一度この列車に乗ってみたいと思ったからである。 そして、快速「海峡」に乗ることも重要であるが「海底駅」に立ち寄ることも重要なことである。 快速「海峡」は、青函トンネルが開通した日からのつきあいであるが海底駅に降りたことはなかった。 そのため、行きは「ゾーン539竜飛記念館5コース」 という切符を使って青森側の海底駅である竜飛海底駅と竜飛記念館、竜飛岬に寄ることにした。
指定された席は5号車の海側(A席)である。 5号車の進行方向前より半分が竜飛海底駅の乗客、5号車の残り半分と6号車は吉岡海底駅の乗客である。 竜飛海底駅の利用客はほとんどが大人であるが吉岡海底駅の利用客は子供連れが多い。 吉岡海底駅では今年で5周年になる「ドラえもん広場」があるため子供連れが多いのである。 列車も「ドラえもん海底列車」として車体の外装から内装までドラえもん一色である。 4号車には「ドラえもんカー」が連結されていて「のび太くん」が車内を歩き回っている。
青森駅の売店で昼食用の「とりめし」を買って乗り込んだ。

写真集青森駅


久々の青函トンネル
列車は定刻11時8分に青森を出発した。 天気は曇りである。昨日は時より大雨になるような天気であったので曇りでもよしとする。
途中、蟹田まではJR東日本の社員が乗務する。 実際には蟹田の1つ先の中小国がJR東日本とJR北海道の境界駅であるが乗務員は蟹田で交代することになっている。
沿線ではカメラを持った「鉄ちゃん」の方々が写真を撮っている。
列車は中小国までは単線区間なので反対列車との行き違いの「運転停車」を何度か繰り返しながら蟹田、 津軽今別と停車し青函トンネルに向かう。
蟹田に停車中に「のび太くん」が係のお姉さんにつれられてやってきた。 「のび太くん!写メール、動かないで!」などと 「のび太くん」はお姉さんに仕切られながら乗客と一緒に写真を撮っていた。
海底駅見学用の指定席はほぼ満席で自分の隣にも人が座っており雰囲気的に弁当が食べられないでいたので、 竜飛海底駅から地上に出てから弁当を食べることにした。 中小国をすぎ、津軽線と別れ海峡線にはいると線路は複線になり北海道新幹線の予定線路と合流する。 津軽今別を発車して5つのトンネルをすぎ、12時8分、青函トンネルに入る。 トンネルに入って13.55km進むと海面下140mの竜飛海底駅である。

写真集快速「海峡5号」


竜飛海底駅から竜飛灯台へ
12時17分、定刻通り竜飛海底駅に到着した。 竜飛海底駅・・正式な名称は「竜飛定点」と言うそうだ。
まずは、JR北海道のツアーバッチが配られる。 「青函トンネル記念館」の中を見学するのに必要になるそうだ。 誘導路に出て係の人の紹介があり、大きな荷物を棚に入れる。 また、諸注意があり、坑道内では禁煙、飲食禁止とのことや、必ず全員一緒に行動し勝手な行動をしないことなどを言われた。 過去に勝手に行動し迷子になった人がいるそうだ。 確かに坑道内の案内図を見ると迷路のようになっている。
説明の後、誘導路を進んでいく。 青森側の誘導路には、「ゾーン539竜飛記念館2号」の見学者が列車を待っていた。 また、この誘導路には、車いすや係の人が使う自転車が常備されていた。
我々は、まず、避難所を通りケーブル斜坑にある全長778mの日本一短い鉄道、 斜坑の「青函トンネル竜飛斜坑線」を目指す。
途中には隔壁が2カ所あり気圧の調整を行っている。 隔壁と隔壁の間に入り、線路側の扉を締め地上側の扉が開くとものすごい風が入ってきた。
隔壁を抜けると地上から体験坑道に見学に来ている人たちがいた。 地上にある青函記念館から体験坑道に見学できるようになっている。 自分たちは逆に竜飛海底駅から地上に見学に行くのである。
坑道内をしばらく進むとケーブルの「体験坑道駅」に着いた。 ここから「青函トンネル竜飛斜坑線」の「もぐら号」に乗り地上を目指す。 「もぐら号」は地上からのケーブルでゆっくりと斜坑をのぼっていく。 地上の「青函トンネル記念館駅」までは7分ほどである。 「青函トンネル記念館駅」に着くとそこにも隔壁があり、それが閉まってから外に出ることになる。 扉が閉まるにつれてものすごい気圧の変化と風を感じる。
外に出て「青函トンネル記念館」に入り、係の人から諸注意を聞いて一時解散となった。 約1時間半ほど自由な時間である。
係の人が希望者を「龍飛崎展望台」に案内するというので一緒について行く。 たぶん、参加者全員が一緒に展望台へ行ったと思う。 展望台までは歩いて10分ほどであった。 天気は晴れてきている。北海道側がよく見えている。 山側には風力発電のための巨大な風車がいくつも建っている。 記念館からの展望台への道沿いには、見頃の過ぎたアジサイがたくさんあった。 「龍飛埼灯台」より標高は低いが風景としてはこちらの方がよいと思う。 しかし、展望台は風が強い。 係の人から景色の説明を聞いて「津軽海峡冬景色」の歌謡碑と階段国道、「龍飛埼灯台」を目指す。 この時点でここで弁当を食べることを断念する。 朝、ホテルで食べた朝食から何も食べていない。かなりおなかがすいてきた。
展望台から歩いて5分ほどで「津軽海峡冬景色」の歌謡碑に着いた。 「津軽海峡冬景色」の歌詞が刻まれた碑がある。
歌謡碑のすぐ横から海岸に降りていく階段国道がのびている。 国道339号には全国でここだけの階段の国道がある。 時間がないので途中まで降りてみる。 木立に挟まれた整備された道を2分ほど降りていくと途中に開けたところがあったのでそこで折り返して、 今度は坂を上って「龍飛埼灯台」を目指す。
5分ほどで「龍飛埼灯台」に着いた。ここもものすごい風である。 ここからは、下北半島から北海道までがよく見える。
「龍飛埼灯台」を後にして、10分ちょっと歩いて「龍飛崎展望台」に戻り写真を撮る。 さらに坂を5分ほど下って記念館に戻る。
記念館の駐車場の向こう側に怪しいトンネルがあるので見に行くと地震検知装置室であった。 外に展示してある斜坑人車などを見てから「青函トンネル記念館」と隣接する「龍飛ウィンドパーク」の館内を見学する。 「龍飛ウィンドパーク」には、風力発電についての説明がある。 その中に風力体験ができるコーナーがありいろいろな風を体験できたりする。 「青函トンネル記念館」には、青函トンネルについての模型や説明がある。
集合時間となり集合場所に戻ると帰りのケーブルの乗車券を渡され、すぐにケーブルに乗車する。 登ってくるときとは逆に隔壁が開いてから「もぐら号」は地底へとおりていく。下るときは9分ほどであった。
「体験坑道駅」に降りた後は、体験坑道の中を見学する。 青函トンネルを作った機材が展示してある。
隔壁を通り避難所に出る。 ここは青函トンネルで火災があったときなどに旅客を避難させる場所で1000人収容できるそうである。 避難所には、トイレやジュースの自動販売機、カード式の公衆電話があり係の人が記念オレンジカードを販売していた。 記念にオレンジカードを買った。 また、小さな水族館「竜宮水族館」があり北海道周辺にいる魚が飼育されている。
列車の時間が近づいてきたので誘導路に移動する。 荷物を棚から出して列車を待つ。
列車接近の警告音が鳴り響き、しばらくすると快速「海峡7号」が到着した。 5号車の同じ席に座る。 快速「海峡7号」も50系5000番台の車両である。 15時13分、列車は定刻に竜飛海底駅を出発。

函館へ
列車は竜飛海底駅を出発すると、トンネルを最深部に向けてさらに下っていく。
もう、空腹感はピークを過ぎ函館についてから弁当を食べることにする。
ここから吉岡海底駅までは海底部分23.30kmを進む。
15時19分、最深部海面下240mを通過。ここは海の深さが140mで、そのさらに100m下の部分を列車が走っている。 最深部では、トンネルの蛍光灯に青いのが混じるので最深部を通過していることがわかる。 今乗っている車両の場合は、デッキへの出入口にある表示板でも最深部に来ていることはわかる。 しかし、他の車両ではいつ最深部を通っているのかわからないので、 トンネル内部に最深部を通過していることがわかる仕組みがあるというのはいいと思う。 最深部をすぎると列車はのぼりに変わる。

青函トンネルは、全長53.85kmで世界一の長さのトンネルである。(ドーバー海峡のユーロトンネルは全長49.2kmである)
列車が通る本抗の他に立抗、斜坑、先進導抗、作業抗の5本のトンネルで構成されている。
本州側の青森県今別町浜名から12‰(パーミル)の下り(途中から3‰)になっており 最深部からは北海道側の北海道知内町湯の里へ12‰ののぼりになっている。
1964年5月8日に北海道側の吉岡調査斜坑の着工から本格的な工事がはじまり、1983年1月27日先進導抗が開通、 1985年3月10日本抗が開通、1988年3月13日に営業を開始した。
トンネル内部のレールは52.57kmにわたり継ぎ目のない一本のレールで出来ている。

※ ‰(パーミル)は、1000分のいくつかを表す単位で勾配を表す鉄道用語としてよく使われる。 「12‰の下り」とは、1000mで12mを下る勾配のことである。

列車は吉岡海底に止まり、「ゾーン539吉岡6コース」の人たちを乗せて地上に向けのぼっていく。
ここから地上までは17.00kmである。
15時46分、地上に出て、すぐに知内駅を通過し、トンネルをいくつか抜け木古内に停車する。 木古内からはまた単線となり反対列車との行き違いの「運転停車」を繰り返しながら進む。 天気はすっかり快晴になり、進行方向右側には時々海が見え、函館山がくっきり見える。
途中、いきなり列車が急停車した。しばらくすると車内放送で「踏切の竿が折れているので撤去をしてる。 運転には支障はない。」とのこと。何とも迷惑な話である。
列車は3分ほど遅れて発車して五稜郭に停車し、16時49分、函館に到着した。 到着ホームは一番海よりの8番線である。

函館到着
到着した列車は、青森よりの車両が一部切り離され快速「海峡10号」として折り返す。
すぐに隣のホーム6番線に札幌からの特急「北斗14号」が到着した。 この列車は6両編成であったがそのうち4両が「コンサドーレ札幌」応援塗装の車両であった。
その後、7番線に特急「スーパー北斗17号」が入線した。
函館駅は、一部改装工事中で少し昔の面影がなくなっていた。 特に連絡船の桟橋があったあたりは全く感じが変わってしまった。 また、駅の改札口は自動改札になっていた。
駅を出て、今日の宿泊先のホテルにチェックインした。 ホテルでは、デジカメの写真をパソコンに落とし、インターネットで函館の観光案内を再チェックし、 「とりめし」をやっと食べることが出来た。時刻はもう17時30分であった。

夜の函館散策 Vol1
18時過ぎ、用意が出来たのでホテルを出る。
「松風町」から市電に乗り、「十字街」まで行く。
まずは函館ベイサイドエリア、ウォーターフロントのイルミネーションを見に行く。 「金森倉庫群」を改装した「函館ヒストリープラザ」を見て歩く。 空は雲ひとつない夕暮れになっておりいい雰囲気である。 そんなに人も多くなくのんびりしたムードである。 何人かの観光客が自分と同じように写真を撮ってまわっていた。 海の向こうには「メモリアルシップ摩周丸」や遠くには駒ヶ岳も見える。
倉庫群を後にし、旧桟橋から日和坂を通り八幡坂へと坂道をのぼる。 このあたりには趣のある建物が数多く存在する。 しかも、そのほとんどが個人の家だったり、ふつうのお店だったりする。 また、坂道にも風情があり、ドラマやコマーシャルの撮影に使われたことがある場所が多い。
坂道をのぼりきり、ライトアップされた「函館ハリスト正教会」、「カトリック元町教会」、「函館聖ヨハネ教会」を見て回る。 時刻は19時30分過ぎ、観光客はほとんどいない。また、人がきてもほとんど会話もせずに建物を見入っている。 どの教会もそれぞれ感じは違うが、幻想的な雰囲気がすごく伝わってきた。
大三坂から坂を下にくだり、「末広町」から「函館駅前」まで市電に乗り、ホテルで荷物の入れ替えをし、函館駅に行った。 この後、函館山からの夜景を見に行く。

函館山からの夜景
函館山からの夜景を見に行くほとんどの人はロープウェーを利用するが、自分は函館駅前から出る路線バスを利用する。 このバスは、安い(片道360円・・ちなみにロープウェーは片道640円・往復1160円)し、空いているからである。 今の時期、このバスは、函館駅前F乗り場から13時15分発と、17時50分から21時までの間、 20分から30分おきに出ている。今回は、20時30分発のバスに乗る。
バスの乗客は、座席がほぼ埋まる程度である。 バスには女性の車掌さんが乗っており途中の案内をしてくれる。 ちなみに、バスはふつうの路線バスである。
函館山山頂への道は、4月25日から10月15日までの間、自家用車は、 17時から22時まで通行規制され、バスとタクシーしか山頂にのぼることが出来ない。 登山口のゲート前には22時の規制解除を待つ車がすでに何台も並んでいた。
バスは、山道を右に左にカーブしながらのぼっていく。 途中、夜景がきれいに見えるところでは止まったり、徐行をしてくれる。 そのたびに乗客からは「おぉ〜」という歓声が上がる。
規制されている山道であるが、バスやタクシーがひっきりなしにすれ違っていく。 狭いカーブでは、バス同士が道を譲り合って通っていく。
山頂に近づくと駐車場待ちの観光バスが何台も列を作って待っている。 駐車場に入るのはかなり待たされるようである。 また、駐車場に入っても30分で出なければいけないのだとか・・
待たされている観光バスの乗客は退屈そうな顔をしていた。
しかし、このバスはそんな駐車場待ちの列の横を抜いて、ぐんぐん山頂にのぼっていく。 ちょっといい気分である。 20時50分頃、予定より早く山頂に到着した。
山頂の展望台はすごい人である。そういった意味では、きれいな夜景に浸ることは難しいと思う。 順番を待って柵の最前列を陣取る。 夜景の写真を撮るには三脚が必須であるが、この人では三脚の使用は不可能に近い。 また、柵も高いので大型の三脚でないと高さが足りない。 しょうがないのでカメラをしっかり柵にくっつけて何度かトライする。 しかし、ほとんど手ぶれをしてしまい思うようには撮れない。
今晩は雲ひとつない月夜で海上には月の光が映り、イカ釣り漁船の漁り火とともにいい雰囲気を出している。 隣にいるカップルが「あの光は何だろう?」と話していたので月の光であることを教えてあげた。
いつもは最終近いロープウェーでおりていたがまだ、見て回りたいところがあるので足早に下山する。

夜の函館散策 Vol2
帰りは21時45分発の最終バスに乗る。帰りも数人が座れないぐらいの混み方であった。 バスは、のぼりと同じように夜景がきれいに見えるところでは止まったり、徐行をしてくれる。 そして同じように、乗客からは「おぉ〜」という歓声が上がる。
もうじき、規制が解除される時間なので、のぼってくるバスやタクシーはほとんどいないようだ。 バスは順調に麓におり「明治館前」で降りた。
時刻は22時前である。歩いて、「はこだて明治館(旧函館郵便局)」、「BAYはこだて」、 「函館ヒストリープラザ」、「はこだてビール」の建物を見てまわった。
途中の「セブンイレブン」で北海道内限定発売の「コアップのガラナ」を買って飲む。 「ガラナ」は、いろいろな会社が北海道内で出しているが、個人的には「コアップ」のが一番好きである。 いま限定販売されている「Smap!缶」の味をドクターペッパーに似ているという人が多いが、 個人的には「キリンメッツのガラナ」と同じような気がする。 そういえば「Smap!缶」も発売元は「キリンビバレッジ」である。
さらに歩いて「メモリアルシップ摩周丸」のところまで行った。 国鉄の青函連絡船として活躍した「摩周丸」には現役時代何度か乗船した。 あのころと今とでは北海道旅行の仕方もずいぶん変わったものである。 懐かしくもちょっと寂しく感じた。 ここの広い駐車場ではスケボーの練習をしている人たちが何人かいた。
また、観光客らしい人が函館ヒストリープラザから自分と同じように写真を撮ってまわっていた。 考えることは一緒ということだろうか。
静まりかえった「函館朝市」を抜けて函館駅に出る。
時刻は22時45分。入場券を買い駅に入る。
2002年12月1日のダイヤ改正で運転が取りやめになる快速「ミッドナイト」の写真を撮影する。 列車は「JNR」マークの付いた国鉄色のキハ183系4両でトップナンバーの車両が連結されていた。 先頭車両は女性専用車両の指定席でった。この時点では全く混んでいなかった。
駅を出て、「ラッキーピエロ函館駅前店」で「ラッキーバーガー」と「トンカツバーガー」を買う。 「ラッキーピエロ」は、函館で有名なハンバーガーショップである。 注文してから作るので出来上がるまで店内で待つ。 10分ほどで出来上がり、斜向かいの「ローソン」でまた、「コアップのガラナ」を購入しホテルに戻る。
時刻は23時30分である。 早速、ガラナを飲みながら「ラッキーバーガー」と「トンカツバーガー」を食べる。 出来たてであるということもあると思うがとても旨い。 そして今撮ってきたデジカメの写真をパソコンに落とし、メールを打ち、 インターネットで明日の予定などを再チェックし・・まだ寝ない。

8月26日(月)
急行「はまなす」
日が変わり深夜1時過ぎ。デジカメだけを持って駅に向かう。 急行「はまなす」を撮影するためである。
駅では寝袋にくるまって寝ている旅行者が結構いた。 入場券を再度買って駅に入る。
1時34分、青森からやってきた列車は6番線に到着した。 列車は14系500番台の寝台車と座席車である。 寝台車には「SLEEPING CAR HAMANASU」のエンブレムがついている。 座席車は、昼間、快速「海峡」として運転されるので「ドラえもん海底列車」仕様になっている。 座席車はかなり空いている感じである。
1時44分、機関車を付け替え、進行方向の変わった急行「はまなす」は、定刻通り札幌に向けて出発していった。
8番線の隣の引き込み線に青森行の急行「はまなす」に増結する車両が待機していた。
駅を後にしてホテルに戻る。 2時過ぎ・・やっと寝ることにする。長い一日であった。

日の出
4時前・・目覚ましで起きあがる。
空は相変わらず雲ひとつない天気である。 眠い目をこすって用意をしてホテルを出る。
すぐにタクシーをひろい、立待岬を目指す。 乗ったタクシーの運転手さんの話によると、昨晩と今朝のようにいい天気の日はこの夏ほとんど無かったと言っていた。 この夏は気温も低く曇りや雨の日が多かったとのことで、 昨日の月夜の函館夜景と日の出が見れるのはとても運がいいとのことだった。 一昨日の大雨で、大気中の埃が無くなった状態なので特に空がきれいなんだと話していた。
立待岬は、20時から6時までの夜間、ゲートで閉鎖されているとのことなのでゲートのところで降ろしてもらう。 ゲートの横を抜けて墓地の間を通り立待岬に歩いていく。
3分ほどで立待岬に着く。駐車場には車が一台止まっている。人気は全然無い。 日の出までのんびりと待つ。
漁に出る船が何隻も往来している。 函館の市街地の向こうに見える駒ヶ岳にはうっすらと雲がかかっているが、雲ひとつない、いい天気である。 海の向こうには下北半島・大間崎や遠く龍飛埼も見えている。
5時・・函館空港の方から日が昇ってきた。 日の出というのは何度見てもいいものである。 起きたときはものすごく眠たかったが日の光を浴びて元気になってきた。 気がつけばとまっていた車の人も日の出を見ていた。 また、日の出とともに多くの漁船が港から出てきた。
しばらく日が昇るのを見た後、「与謝野寛・晶子の歌碑」を見て、その脇ある坂を2分ほどくだり、海面までおりた。 ちなみに、このあたりは遊泳禁止であるとの立て看板があった。 海上では、沢山のカモメが飛んでいる。 上に戻るとタクシーで日の出を見に来ている人がいた。

朝の函館散策
気がつけば6時になっていたので立待岬をあとにする。
途中、墓地のところで「宮崎郁雨と砂山影二の歌碑」と「石川啄木一族の墓」を見る。 墓地を抜けると住宅地に入っていく。
途中の空き地に昔の貨物列車の車掌車が3両おいてあった。何に使うのだろうか。
住宅地を間を抜けて、市電の「谷地頭」に出る。しかし、まだ市電は動いていないのでさらに歩いていく。 このあたりにくると空のタクシーが結構流しているので乗ることにする。
「函館山ロープウェー」の「山麓駅」から「函館聖ヨハネ教会」を見て「チャチャ登り」を上までのぼり、 「カトリック元町教会」、「函館ハリスト正教会」を見る。 「カトリック元町教会」では朝の鐘が鳴っていた。いい雰囲気である。今の時刻は6時30分。
「八幡坂」を少しくだり、「元町公園」に行く。 「元町公園」にある「旧開拓使函館支庁書籍庫」、「函館市写真記念館(旧北海道庁函館支庁庁舎)」、「四天王像」を見て 「元町公園」のうえにある「旧函館区公会堂」をまわり、「旧イギリス領事館(開港記念館)」を見て「基坂」をくだる。
「相馬株式会社」、「北方民俗資料館」の四つ角を右に曲がり「函館市文学館」、「郷土資料館」を見て海に出る。
「北海道第一歩の地碑」から「函館ヒストリープラザ」、「BAYはこだて」、「はこだて明治館(旧函館郵便局)」、 「はこだてビール」と見て歩いた。 「はこだて明治館(旧函館郵便局)」では、道路でスケッチをしている人がいた。 日中はとても出来ない光景だ。
どこも昨日の夜の雰囲気とは全く違う風景であった。 夜のイルミネーションもいいが、朝のすがすがしい中で見るのもいいと思う。
「魚市場通」から市電に乗る。 今日はこの後何度か市電に乗る予定なので車内で「市電一日乗車券(1枚600円)」を買う。 ストラップ付きの乗車券である。日付は運転手さんの手書きである。 「函館駅前」で降り、一端ホテルに戻る。時刻はまだ7時45分である。 でも、すでにかなり歩き回ってきた。

市電全線踏破
ホテルで朝食をとり、荷物をまとめて9時すぎにチェックアウトする。
大きな荷物はホテルで預かってもらい「松風町」に向かう。 この後、帰りの列車の時間まで市電を乗りつぶすことにする。
最初にきた「どっく前」行きに乗る。 どうやら湯の川温泉に泊まっていた修学旅行生のグループが乗っており結構混んでいる。 「函館駅前」からさらに観光客などが乗ってきた。 ほとんどの観光客は「十字街」で降りた。 しかし、降りるのに時間がかかりかなりの遅れが出たようだ。 次の市電に追いつかれていた。 自分はこのまま「どっく前」まで乗車する。「どっく前」には、9時45分に着いた。
お客さんを降ろすと運転手さんは急いで反対側の運転台に移り、お客さんを乗せ、すぐに出発した。 今度は、「十字街」で下車して、「谷地頭」行きに乗り換える。
この時間、「ハイカラ電車」が来る時間なのだが、今日は月曜日で運休であった。残念だ。 「谷地頭」には、10時に着いた。
ここでも、お客さんを降ろすと運転手さんは急いで反対側の運転台に移り、お客さんを乗せ、すぐに出発した。 今度は、このまま「湯の川」まで乗車する。 車内は途中買い物客などで結構混み合う。 また、日も高くなってきたので結構暑い。 「湯の川」には、10時50分に着いた。
遅れているためなのか、今乗ってきた市電は、回送になって車庫に戻っていった。 5分ほどして次の市電が到着して、その折り返し電車に乗った。 今度も車内は徐々に買い物客などで混み合ってきた。 「松風町」で降り、本屋で北海道でしか手に入らない本を購入し、ホテルで荷物を受け取り、函館駅に向かう。

吉岡海底駅へ
駅に向かう途中、「ローソン」で昼食用のおにぎりと「コアップのガラナ」をまた購入した。
駅には11時40分に着いた。
ここで、やはり北海道内限定発売の「サッポロ・クラシック」を飲んでいないことに気がついたので、 駅の売店で1本購入する。
帰りも「青春18きっぷ」を利用する。今日の日付を押してもらい駅に入る。
帰りは「ゾーン539吉岡(青森)6コース」という切符を使って函館側の海底駅である吉岡海底駅に寄る。 ちなみに、行きの「ゾーン539竜飛記念館5コース」、帰りの「ゾーン539吉岡(青森)6コース」 のどちらのきっぷも「急行券・指定席券」となっている。どのあたりが「急行」なのだろうか。
列車はすでに8番線に入線していた。 11時10分着の快速「海峡1号」の折り返し列車である。
まず乗るのは、快速「海峡6号」である。 快速「海峡6号」の車両は、14系500番台である。 この車両は、急行「はまなす」用の車両であるが、昼間、一部の快速「海峡」に使用されるのである。 そのため、この列車も「ドラえもん海底列車」として車体の外装から内装までドラえもん一色である。 しかし、「ドラえもんカー」は連結されていない。
今日は平日なので海底見学用の指定席はそんなには混んでいない。 乗客のほとんどは、お母さんに連れられた親子連れである。 また、団体で海底駅見学に来ている一行もあった。 列車の前の方の車両には修学旅行生の団体が乗車している。 修学旅行生は、7番線に11時52分に到着した特急「スーパー北斗6号」から乗り換えてきていた。
指定された席は5号車の山側(A席)である。 海底見学用の車両は5号車と6号車である。 海底駅見学後、5号車が青森に抜けるコース、6号車が函館に戻るコースのようである。 だから、きっぷには、青森に抜けるので「(青森)」と入っている。
12時6分、列車は定刻に出発する。 今日は隣に人がいないので、のんびりと「サッポロ・クラシック」を飲みながらおにぎりを食べる。
五稜郭に停車して、江差線に入っていく。 木古内までは単線区間なので、時々反対列車との行き違いの「運転停車」を繰り返しながら進む。
相変わらず天気は快晴で、進行方向左側では時々海の向こうに函館山がきれいに見える。 車内は空いているので、何人かの人たちは左側の空席に移り写真を撮る。
木古内を定刻に発車して海峡線に入る。 線路は複線になり列車はぐんぐんスピードを上げていく。 いくつかのトンネルをすぎて知内駅を通過し、13時2分、青函トンネルに入る。
この車両は、快速「海峡」専用ではないのでトンネル内の運行状況を表示するパネルが付いていない。 トンネルにはいると列車は、12‰の下りを一定のスピードでぐんぐんおりていく。 13時16分、吉岡海底駅に到着した。

ドラえもん広場
駅に到着すると竜飛海底駅と同じように誘導路に案内される。
写真を撮るためにあやまって降りてしまった人を乗せるために出発した列車が緊急停止するハプニングがあった。
吉岡海底駅・・こちらの正式な名称は「吉岡定点」と言うそうだ。
ここで、同じく係の人の紹介と諸注意があった。 大きな荷物を棚に入れたあと、坑道内を見学するグループと「ドラえもん広場」で遊ぶグループに分かれる。 ほとんどの人は「ドラえもん広場」の方に行き、20人弱ぐらいの人が坑道内の見学に行った。 自分は、坑道内の見学に行く。
まずは、「青函トンネルアートメモリアルボード」、「アートメモリアルボード北の画集」、 「アートメモリアルフォトボード」のメモリアルボードを見る。
「青函トンネルアートメモリアルボード」は、青函トンネルが開業した記念に、 JR北海道が全国から1万人分のメッセージを集め展示したものである。 ボードには個人のものから企業のものまであるが、 企業の中にはいまもう存在しない大手企業などの名前があったりして時間の流れを感じる。
「アートメモリアルボード北の画集」は、 苫小牧在住の画家・本間武男さんが作成した北海道の代表的な景勝地10カ所が描かれている。
「アートメモリアルフォトボード」は、 青函トンネル開業10周年の記念に、写真や文字のフォトボードを集め展示したものである。
次にホームに出て、反対のホームを通過する特急「はつかり5号」を見学する。 列車接近の警告音が鳴り響き、13時34分、轟音と汽笛とともに列車は通過していった。
ここで、消火設備などの説明があった。
続いて坑道内を順番に案内された。 青函トンネルの構造をパネルやジオラマで解説してあったり、 トンネルを掘る実際の作業の様子を展示してあるところなどを解説を聞きながら見学する。
避難所では、昨日行きそこなった海底のトイレを使用してみた。 この避難所にも長いベンチが続いていた。
この坑道内には、「J-Phone(現在はvodafone)」のアンテナが設置されていて、「J-Phone」であれば通話が出来るそうである。 また、坑道の片隅に2000年12月2日の日付が入った「北海道新聞社」のタイムカプセルが置かれていた。 何が入っていて、いつ開けるのだろう。
この後、「ドラえもん広場」の方に案内される。この時点で時刻は、14時30分であった。
途中、鳥居と神社があり、わき水が流れている脇を通り、「青函連絡船海峡の記憶」という写真パネル展と、 「ドラえもん」の映画のポスターのパネルが展示してあるところを通り、「ドラえもん広場」の入口につく。 ここが帰りの集合場所になり、集合時間を確認して、「ドラえもん広場」に入る。 幻想的な海底のイメージが描かれている「ルミライトアート」を抜けると、小さな水族館「竜宮水族館」があり、 「ドラえもん広場」に出る。ここで、時間まで自由行動になる。
この広場は、下り線の「横取基地」を使用した設備になっている。本来の使用目的は保守の基地である。
「竜宮水族館」では、黒潮と親潮が流れ込む津軽海峡にいる魚を、海流別に展示している。
「ドラえもん広場」は「ドラえもん」の世界が再現されている。
例えば、「タイムマシン」では、ドラえもんがタイムマシンに乗り、 「町かどコンサート」では、ジャイアンとしずかちゃんが熱唱していて、 「のび太の学校」では、のび太が廊下に立たされていて、 「学校のうら山展望台」では、のび太が住む町がジオラマになっていてみんなの家の位置関係を見ることができる。 こういった多数のコーナーが設けられている。どれも凝った作りの広場である。
売店では、JR北海道オリジナルの限定商品「ドラえもん海底列車プラレール」まで売っている。
広場の奥には、ステージがあり、その奥にトイレがあった。 トイレの先には線路が見え、通過する下りの貨物列車を見ることができた。
集合時間まで、「青函連絡船海峡の記憶」を見たりしてのんびりする。 「青函連絡船海峡の記憶」は、写真家・白井朝子さんが撮り続けた青函連絡船の写真が展示してある。 懐かしい風景の写真が並んでいた。
また、先ほどのわき水をさわって、なめてみた。ちょっと生ぬるい生水であった。
集合時間になり、青森に行くグループだけ先にまとまって誘導路に戻る。
荷物を取り出すと一人分の荷物が残ってしまった。 係の人が自転車で探しに行くと一人遅れてやってきた。

青森へ
時間が来たので乗車口に移動する。 列車接近の警告音が鳴り響くとしばらくして快速「海峡8号」が到着した。
5号車の同じ席番に座る。快速「海峡8号」は50系5000番台の車両であるので席は海側に替わった。
列車は15時24分定刻に吉岡海底駅を出発。
6号車は吉岡海底から函館に戻る人たちの車両であったので誰も乗車していない。
発車してすぐに昨日乗車した快速「海峡7号」とお互い汽笛を鳴らしてすれ違う。
15時32分、最深部海面下240mを通過する。 15時41分、竜飛海底駅を通過する。 列車は順調に12‰ののぼり勾配をあがっていき、15時50分、地上に出る。
青森側も快晴である。
津軽線の線路をまたぎ、津軽今別駅を通過する。津軽今別駅のすぐ下には津軽線の津軽二股駅がある。 また、ここには道の駅「いまべつ」もあり、将来的には(?)「北海道新幹線・奥津軽駅(仮称)」にもなる予定である。 津軽今別駅は、本州になるのだがJR北海道の駅である。ちょっと不思議な感じがする。 駅名標の横には「ここからJR東日本・ここからJR北海道」という看板もある。
列車は、トンネルを2つ通過して左にカーブし、新中小国信号場から津軽線に入る。ここからはまた単線区間である。
中小国を通過し、蟹田に到着する。 ここで行きと同じように乗務員が変わる。
蟹田を出ると左手に海が見える。JTB時刻表2002年8月号の表紙の写真の場所である。 海の向こうには、下北半島がはっきりと見えている。
油川で地元の人が数人乗り込み、懐かしい車両が沢山止まっている青森運転所を右手にすぎると終点の青森である。
16時41分、列車は青森に定刻通り到着した。
長いホームを歩き、昔の青函連絡船の桟橋につながっていた跨線橋を渡り、 特急「スーパーはつかり24号」に乗り、家路につく。

今回は函館に20時間しかいないというあわただしい旅であった。しかし、内容はとても濃い旅だった。
またいつか行くことを夢見て・・

長々と読んでいただきありがとうございました。
以上で2002年夏の北海道(函館)旅行の話を終わります。

お疲れさま・・

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