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最終更新日 2004.02.18
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2003年冬の北海道(函館)旅行
2003年冬・・昨年の夏に続き、また函館に行ってきました。
今回は前回よりも若干長めの25時間ほどの滞在でした。
どんな旅をしてきたのかを載せています。よろしかったら読んでみてください。
また、前回(2002年8月)の北海道(函館)旅行と併せて読んでいただけると楽しめるかもしれません。

また、感想等を聞かせてください。よろしくお願いいたします。

序章・・
今回もある意味で「鉄ちゃん」モードで
2002年12月1日・・東北新幹線の盛岡から八戸までが開通した。
八戸までの新幹線は、「はやて」、八戸から函館までの特急は、「スーパー白鳥」と「白鳥」に生まれ変わった。 そして、2003年3月・・JR東日本がJR東日本全線乗り放題の「JR東日本」を限定発売した。 そのきっぷと函館往復のきっぷを足して「はやて」と「スーパー白鳥」に乗って函館に行くことにした。

3月15日(土)
「はやて1号」〜「スーパー白鳥1号」
行きは、東京から「はやて1号」に乗る。
駅や車内はたぶん同じきっぷを持った人たちでいっぱいである。 「はやて」は全車指定席であるが指定席はすべて売り切れで、立席特急券で乗車している人がデッキに結構立っている。 午前中はどの新幹線の指定席は全部売り切れているようである。 東京では空席があったが上野、大宮でどんどん人が増え、空いていた席もすべて満席となった。 また、途中の大宮、仙台、盛岡の各停車駅のホームは大勢の人で混雑している。
「はやて」は、八戸方面は進行方向右側が3人掛けで左側が2人掛けである。 自分は2人掛け窓側のE席である。 今日の編成は、八戸開業前から「やまびこ」などで走っていた8両編成に2両を増やした編成である。
東京の天気は、曇りである。 仙台付近では思ったより雪がない。 しかし、盛岡付近からは結構雪が残っている。
一週間前の3月8日土曜日、このあたりは大雪で電車がストップし、大変だったようである。 最初は、8日と9日に函館に行こうと考えていた。 もしも、一週間前に行っていたら大変なことになっていただろう。
結局、満席のまま八戸に到着した。 八戸では、大勢の人が特急「スーパー白鳥」に乗り換えるため乗り換え改札に殺到している。 八戸は乗り換え口がひとつしかなく、これだけの人数がちゃんと乗り換えられるのかが不安な気がした。 「はやて」の場合、八戸駅の階段は4、5号車付近と7号車付近にある。 乗り換え改札ではちゃんときっぷを自動改札に通さない人が多いのか、警告音が結構鳴っている。 自分は一端外に出て(当然、指定席のきっぷには無効印を押してもらう)、在来線の改札から入る。 たぶん、その方が早かったと思う。 八戸駅のみどりの窓口は、かなり混雑している。
今日の特急「スーパー白鳥1号」は、3両増結した8両編成である。 自由席は通路やデッキまで立ち客でかなり混雑している。 指定席はすべて売り切れていた。 列車は無事すべてのお客さんを乗せ定刻通り八戸を出発した。
「スーパー白鳥」は、今回の八戸開業にあわせてデビューしたJR北海道の新型車両である。 静かで乗り心地もいい感じである。 「スーパー白鳥」は、青森までは進行方向右側の窓側がA席、左側の窓側がD席ある。 自分が持っている指定席は、青森まではA席である。(蟹田までにすればよかったとあとで後悔した)
雪は結構残っているが列車は快調に青森を目指す。 青森ではかなりの人が降りた。
青森からはD席に移る。 進行方向が変わり、D席が海側になるためである。 天気は晴れてきている。
蟹田を出て、複線区間にはいると列車は徐々にスピードを上げ12時ちょうど、青函トンネルに入る。
お昼になったので、東京駅で買ってきていた弁当を食べる。
青函トンネルを電車で通過するのは、はじめてである。 今までは、いつも客車であった。
12時12分に、青函トンネル最深部海面下240mを通過する。 最深部では、トンネル内の蛍光灯の色が変わるので通過していることがわかる。
最深部からは、ぐんぐん坂をのぼっていき、12時24分、青函トンネルを出た。 昨年の8月以来の北海道である。
その後も列車は順調に進み、定刻13時12分、函館に到着した。 到着は5番線で、となりの6番線には、13時25分発札幌行特急「北斗11号」がとまっている。 まずは、朝市近くのホテルに行き、荷物を預かってもらう。

トラピスチヌ修道院から五稜郭へ
実は、函館に着いてからの行動を事前にちゃんと考えていなかった。 とりあえず、明るいうちに「トラピスチヌ修道院」と「五稜郭」に行こうと考えていたが、 順番やルートは考えていなかった。
だから、ホテルを出て函館駅前の観光案内所で市電の一日乗車券を買い、 バスの時刻表や「五稜郭タワー」と「函館山ロープウェー」の割引券などをもらって、湯の川行の市電に乗った。
とりあえず、「五稜郭公園前」で降りてバスの時刻表を見ると、 ちょうど「トラピスチヌ修道院」の方に行くバスが来たので乗ってしまった。 バスに乗ってから、なぜ「湯の川」まで市電で行って乗り換えなかったのか後悔した。
「トラピスチヌ入口」で降りて、交差点を左に曲がり坂をのぼると「トラピスチヌ修道院」である。
敷地内には、数人の観光客がいた。 修道院ということで、厳格な雰囲気がした。 建物を見てまわり、売店でマダレナケーキなどを買って修道院を後にした。
4月から12月までは、修道院の前まで循環の観光バスが来るが、この時期はないので、 「トラピスチヌ入口」のバス停まで戻る。
今度は、バスで「湯倉神社前」まで乗り、歩いてすぐの「湯の川」から市電に乗る。 そして、「五稜郭公園前」で降り、「五稜郭タワー」まで歩いた。
「五稜郭タワー」に着いたのは、16時半を過ぎていた。 まず、函館駅の観光案内所でもらった割引券を使って、「五稜郭タワー」の展望室にのぼり、「五稜郭」や函館市内を眺めた。 その後、「五稜郭」の中を歩いた。
その間に日も沈んだので「五稜郭公園前」から市電に乗り、一端ホテルに戻った。 ホテルには、18時半頃に戻った。

ライトアップと夜景
ホテルで荷物の入れ替えなどをして、19時前に再び出かけた。
最初に向かったのは、「メモリアルシップ摩周丸(現在は、函館市青函連絡船記念館摩周丸)」である。 ホテルから歩いて5分ほどである。
それから5分ほど歩いて「はこだてビール」に行き、さらに歩いて5分ほどの「はこだて明治館」に行った。 途中、観光客の人に道を聞かれた。
そのまま、まっすぐ道を進み「二十間坂」をのぼる。 「はこだて明治館」から5分ほどで「五島軒」、さらに坂をのぼり右に曲がる。
「五島軒」から5分ほどで「カトリック元町教会」の前に出て、「チャチャ登り」をのぼる。
「ハリストス正教会」や「函館聖ヨハネ教会」の写真を撮り、「函館山ロープウェー」の「山麓駅」に行く。 「山麓駅」に着くと20時になっていた。
ロープウェーは、夜景を見に行く人で結構混雑している。 昼間らっていた割引券で往復乗車券を購入し、函館山にのぼる。 ロープウェーには、5分ほどで乗ることができた。 混雑時には、増便するのでスムーズにのぼることができる。
函館山の山頂では、大勢の人が夜景を見ていた。 しかし、寒いのであまり長居はしないようである。 ロープウェーの建物の中からも夜景は見れるが、やはり、ガラス張りの中より外から見る方がいい。 40分ほど写真を撮ったりして、麓におりる。
帰りも5分ほどでロープウェーに乗ることができた。 「山麓駅」に戻ったのは、21時過ぎだった。
「山麓駅」からは、再度、「函館聖ヨハネ教会」、「ハリストス正教会」、「カトリック元町教会」とまわり、 「旧函館区公会堂」、「元町公園」へと行った。 「ハリストス正教会」から「旧函館区公会堂」までは3分ほどである。
「旧函館区公会堂」から下にある「元町公園」におりて、「旧北海道庁函館支庁庁舎」、「旧開拓使函館支庁書籍庫」 の写真を撮る。 「旧北海道庁函館支庁庁舎」には記念写真を撮るための台があり、三脚がなくても記念撮影ができる。
「元町公園」から、「八幡坂」に行き、正面に摩周丸を眺めながら坂をくだる。 この坂は、ドラマやCMなどによく使われる坂でいい雰囲気である。
坂をおりきって海まで出た。 ウォーターフロントの夜景を見て、22時を過ぎたので市電に乗ってホテルに戻る。
昼の弁当から何も食べていなく、お腹がすいたので函館駅近くの「ラッキーピエロ」で夕食を買い、 さらに、斜向かいの「ローソン」で「サッポロ・クラシック」を買い、ホテルで遅い夕食をとった。

3月16日(日)
急行「はまなす」
今回もやはり・・まだ寝ない。
日が変わり深夜1時過ぎ。デジカメだけを持って駅に向かう。 急行「はまなす」の写真を撮るためである。
入場券を再度買って駅に入る。
友達を見送りに来ている若者の集団が元気に話をしている。
1時13分、青森からやってきた急行「はまなす」は、6番線に到着した。 客車は、2002年12月のダイヤ改正まで使われていた「ドラえもん海底列車」仕様のままであった。
1時23分、機関車を付け替え、進行方向の変わった急行「はまなす」は、定刻通り札幌に向けて出発していった。
駅を後にしてホテルに戻り、寝ることにする。今日も長い一日であった。

日の出
5時前・・目覚ましで起きあがる。
天気は良さそうである。 荷物を用意をしてホテルを出る。眠気は外に出たら寒さで一気に吹っ飛んだ。
すぐにタクシーをひろい、立待岬を目指す。
立待岬は、20時から6時までの夜間は、ゲートで閉鎖されているのでゲートのところで降ろしてもらう。 ゲートの横を抜けて墓地の間を通り立待岬に歩いていく。
5分弱で立待岬に着く。 人気は全然無い。 結構寒いが、日の出まで待つ。
昨年と同じく、漁に出る船が何隻もやってくる。 駒ヶ岳の方には、雲がかかっているが、日の出が出る方は晴れている。 海の向こうには下北半島・大間崎も見えている。
5時50分過ぎ、・・恵山の方から日が昇ってきた。 やはり、日の出というのは何度見てもいいものである。 日の出とともに何組かの人達がタクシーで日の出を見にやってきた。 また、漁船もたくさん港から出てきた。
時計を見たら6時半になろうとしていたので立待岬を後にする。

朝の函館散策
立待岬から15分ほど歩くと市電の「谷地頭」に出る。
市電はまだ動いていないのでさらに歩く。 ちょっとまわり道をして25分ほどでロープウェーの山麓駅に着いた。
ここからは、昨日と同じコースを歩いていく。 「函館聖ヨハネ教会」、「ハリストス正教会」、「カトリック元町教会」から 「旧函館区公会堂」、「元町公園」へと行き、「八幡坂」をくだり、市電に乗ってホテルに戻る。 ホテルに戻ったら8時10分過ぎであった。

ウォーターフロント散策
朝食を食べて、荷物をまとめ、一休みして、9時30分過ぎにチャックアウトした。 大きな荷物は、ホテルで預かってもらった。
ホテルから歩いて、「メモリアルシップ摩周丸」から「はこだてビール」、「はこだて明治館」と歩き、 赤レンガ倉庫のあるウォーターフロントに行った。
ウォーターフロントからは、「八幡坂」をのぼり、「基坂」にある「旧イギリス領事館」に行った。 ウォーターフロントの「北海道第一歩の地碑」から写真を撮りながら「旧イギリス領事館」まで歩いて20分ほどであった。
「旧イギリス領事館」からは、「二十間坂」、「はこだてビール」を通って函館駅に向かった。

東京へ
函館駅で、特急「白鳥22号」の写真を撮り、ホテルに荷物を取りに行き、コンビニでお弁当を買って食べた。
帰る時間が迫ってきたので、函館駅に戻る。
函館から乗るのは、特急「スーパー白鳥24号」だ。 行きと同じ、JR北海道の車両である。
「白鳥」は、以前「はつかり」に使われていたJR東日本の車両である。
「白鳥」というと以前は、大阪〜青森間を走っていた特急である。 青函連絡船の時代は夜行便、青函トンネルができてからは急行「はまなす」に接続していた。
帰りは、蟹田までD席で、蟹田から八戸までは、A席の指定席を持っている。
列車は、函館の時点でほとんどの座席に人が座っていて結構混み合っている。
特急「スーパー白鳥24号」は、定刻13時40分に函館を出発した。
左手に津軽海峡を見ながら進み、14時27分に青函トンネルに入った。 途中、吉岡海底駅に停車し、14時42分、最深部海面下240mを通過する。 14時57分、青函トンネルをでて、内地(本州)に戻る。
蟹田の手前で席を移動する。
青森では、大勢の人が乗ってきた。 指定席の通路まで多くの人が立っている。 その後も、一駅ごとに乗客は増えていく。
八戸は、5番線の到着でほとんどの乗客は、「はやて24号」に移動する。 やはり、1本しかない連絡通路は大混雑であった。
「はやて24号」は12番線からの出発である。 指定席はやはり満席であったが、八戸出発の時点では、立ち席の人はほとんどいなかった。
帰りの列車の中では、疲れからほとんど寝ていた。 定刻20時8分、東京到着、乗り換えて家路についた。

今回も函館に25時間しかいないというあわただしい旅であった。しかし、内容はとても濃かった。
またいつか行くことを夢見て・・

長々と読んでいただきありがとうございました。
以上で2003年冬の北海道(函館)旅行の話を終わります。

お疲れさま・・

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